携帯のコール音が虚しく響いている。
ここ数日、決まり決まった台詞しかお互いに聞いていない気がする。
「ただ今留守にしている。伝言を。」
その台詞の代表格である何とも無愛想な恋人の声。
俺が聞きたいのはそんなものじゃない。
一言でいい。
たった一言でもいいから、彼の言葉が聞きたかった。
そう、俺だけに対する、恋人としてのたった一言が。
『蜜の週末』
ここ数日、ろくに寝ていない。
新しいプロジェクトメンバーに選ばれてからというもの、食事はおろかその他の事でも何も手付かずのまま。
三蔵に連絡をしても今のように、直ぐ録音メッセージに切り替わってしまう。
お互いにすれ違いの日々が、虚しく過ぎ去っていった。
同じオフィスビルに席を置く企業同士というのに、ここ暫く仕事上の言葉以外を口にした記憶が無い。
三蔵が勤めるのは、建築業界最大手といわれるS社の設計部門だ。
どうやら、数日前より部下の起こしたクレーム対応に追われる日々だという。
一方、俺も外資系の最大手といわれるG社に入社して早数年。
今期より始動される一大プロジェクトのメンバーに抜擢され、目の回る忙しい日々を過ごしていた。
始めは、お互いの事情や、それぞれの理性によって何とか堪えてきたのではあるが。
それがこうも長引くと、どうしても自分の限界を感じずにはいられない。
特に、大人になりきれていない自分としては、彼に会えないそのことが何よりも耐え難いものだった。
傍に行けば、会えない日々が苦しくて。
声を聞けば、お互いの距離が悲しくて。
一生懸命に三蔵の負担にならない様にと、必死で堪えれば堪えるほど行き場の無い感情は心に溜まっていった。
吐露することも出来ず、何かを犠牲にできるほど、俺たちは子供ではない。
だからこそ、お互いが感情を殺したまま数日が経ち、気が遠くなるほどの日常を経て今に至る。
三蔵に会えない気持ちを抑えながら挑んだプロジェクトは、先輩の力を借りつつも何とか目途が立つ程までに結果を出した。
しかし上手くいった安堵か、寂しい心のストレスなのか、俺はプロジェクト発表を終えて一気に体調を崩した。
折角の連休で、三蔵と一緒に過ごせる久しぶりの休みだと張り切っていた自分を裏切って。
当初の予定では、前日までにお互いの仕事が片付けられれば夕食を一緒にとろうと話していた。
しかし、思いのほか三蔵の得意先が商談に難色を示した為、俺との約束は水に流れることとなる。
自分は熱を押してでも三蔵と一緒に居るつもりだっただけに、肩透かしを食らった気分だ。
落ち込みの所為なのか、俺の体調はその日の夜一層悪化して俺は立ち上がることも出来なくなっていた。
暫く休んで食事ぐらいは摂らなければと眠りについた夜。
それまでの疲れも手伝って俺は久しぶりに意識を失うような深い眠りに落ちた。
夢の中で、俺はすごく幸せそうに微笑んでいる。
何故なのかも、本当の出来事なのかさえ一瞬判らなかった。
でも、そんな自分が俺は羨ましかった。
きっと微笑んでいる俺の先には、三蔵がいるはずだから。
しかし、夢を見ている俺自身には夢の中の自分しか見えず、探しても三蔵の姿はない。
夢の中でさえ、会えないという事実が俺を酷く絶望させた。
日も高くなり、目元に眩しい光が差して漸く俺は目覚めた。
体調は正直あまりよくない。
昨日程ではなかったが、立ち上がろうという気力は残念ながら湧かなかった。
それでも薬を飲む為に、半ば無理やりお粥を喉に押し込む。
以前に寝込んだ時の経験で、レトルトのお粥を調達しておいて良かったと心から思った。
薬を飲んで、発熱の所為か暫く放心状態のように外を眺める。
時間は、既に昼過ぎを指していた。
外の景色がとても眩しく感じて、俺は分厚い遮光カーテンを締め切り、光を遮る。
もしかしたら、浮かれている人の幸せそうな表情が眩しかったのかもしれない。
そして、俺はまた眠りについた。
また深く眠りについていた俺は、掌に感じた冷たい感覚に誘われるように起きた。
放心状態のまま、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界の中。
見慣れた部屋は、いつの間にか明るい照明がついていた。
限られた動作の中で、辺りを見回すその先に。
恋焦がれた、三蔵がいた。
あんなに会いたかった、本人が今目の前にいる。
ただ、その事実が胸を締め付けるように苦しくさせた。
「・・・・嘘・・・・・」
俺は混乱の後、目を瞬かせながら言った。
その俺の発言に、少し複雑な表情を溢した三蔵。
まだ寝ぼけたままの脳みそが上手く活動していない所為か、言葉が出てこない。
三蔵に逢いたくて、逢いたくて。
一秒も離れたくなかったのに。
いざ、目の前に現れるとその事だけが嬉しくて、胸がいっぱいになった。
「・・・・やっと・・・三蔵に、逢えた。
ずっと・・・苦しくて・・・・三蔵に・・・触れたくって・・・。」
熱に浮かされるまま、途切れ途切れに紡ぐ言葉。
少し驚いた表情のまま、三蔵は俺を包み込むように抱きしめてくれた。
何一つ満足に思い出せなかった。
ただ、もう離れたくないと彼にしがみ付くように抱き返す。
どこに、そんな体力があったのかは分からない。
それでもそんな俺を三蔵は、更に優しく抱きとめてくれた。
俺は、夢の中でも三蔵に逢えたことが、嬉しくて堪らなかった。
暫くして、再び目が覚めた俺は目を開けて硬直。
夢だと思っていた三蔵の訪問は、現実のもので。
あと数ミリという至近距離に、整った寝息をたてる三蔵の寝顔。
見惚れるより先に、軽い衝撃を受けた俺は、記憶の整理を始めた。
体調は回復し、その所為か余計な事を口走った自分までも思い出して動揺する。
それでも、三蔵が今此処にいる事実が、今も嬉しくて胸が痛いほど。
夢じゃなかったことに、心からの安堵をしつつ、思考を廻らしかけた時。
「病み上がりで百面相はよくないぞ。」
少しからかう口調で優しい声が振ってきた。
いつの間にか、目を覚ましていた三蔵が俺の目の前で優しく笑う。
優しい手つきで髪を梳かれて、額に口付けられるまま。
動揺に暫く声が出ない。
しかし、そんな俺の反応をまた三蔵は楽しむかのように見つめている。
次第に顔が赤らんでいくのがわかった。
俺は、目を泳がせたままどうすべきかと思案する。
居た堪れなさに泣きそうになった俺を見かねてか、三蔵が苦笑したまま尋ねてきた。
「具合はどうだ?」
俺を見返す瞳は俺の大好きな強い瞳で。
そこに俺を気遣う優しい色が溢れているから。
俺はまた泣きそうになった。
そんな思いを隠しながら、俺は今の正直な気持ちを口にする。
「大丈夫。三蔵に逢えたから。
もう元気になった。」
一瞬驚いた表情をした三蔵は、次の瞬間心奪われるほど嬉しそうに笑った。
そして、俺を優しく抱きしめた後。
叱られた子どものように落ち込んだ声で囁いた。
「・・・約束も守れなくて、ごめん。」
抱きしめられる腕の中、三蔵らしくない弱弱しい声が反響した。
腕の中、見上げた三蔵は沈痛な面持ちで今にも泣き出しそうな顔で。
逢えないことも、連絡が出来なかったことも、とても辛かったのは事実。
耐え切れなくなって何度も何度も今の現状を責めたりもした。
でも、三蔵にそんな顔をさせたかった訳じゃない。
俺が見たかったのは、俺の大好きな三蔵の笑顔で。
聞きたかったのは俺に囁くとても優しく響く声。
俺は腕を張って、三蔵の腕から逃れた。
少し驚いた表情の三蔵と、目線が合うようにして。
「折角会えたのに、そんな事言わないで。
俺は、今三蔵が此処にいてくれることが嬉しい。
それだけでいい。」
次第に込み上げる何かに、俺は続く言葉を飲み込んだ。
もっと沢山言いたいことはあるのに。
伝えたいことも、知って欲しいことも本当はもっと一杯あった筈なのに。
なのに、言葉が上手く出てこない。
暫く俺の様子を静かに見ていた三蔵は、言葉を探す俺を待っている。
それでも止まらなくなった感情の流れに言葉を失った俺を見て、優しく頬を撫でた。
「ありがとう。悟空。
俺の為に泣いてくれて。気持ちを伝えようとしてくれて。」
俺は涙目のまま、三蔵を見た。
視界は霞んで、涙を堪えることも出来なくなったまま。
そんな俺を三蔵は優しく抱きしめた。
温もりに包まれるように、俺はそのまま再び眠りへと誘われる。
夢ではない温もりに包まれたまま。
瞼の裏に眩しい日の光を浴びて、俺は目覚めた。
昨日のように気だるさはなく、体調も完全に回復しているようで。
目の前には、昨日の事が嘘でない証に、綺麗に寝息を立てた三蔵がいた。
そんな彼の寝顔を見つめ、何とも言えない幸せな気持ちに包まれる。
ただ彼と一緒に居れることが、とても嬉しかった。
そんな時間がずっと続けばいいと思っていた時、ゆっくりと三蔵が目を開けた。
暫く、眩しさに何も見えていないのか何処か焦点の合わない瞳で。
そんな三蔵の仕草一つに、俺の心は釘付けになる。
少しずつ大きくなる鼓動が、居た堪れなさを生んだ。
何となくその場の空気に耐え切れなくなった俺は、顔を背ける。
三蔵がいる嬉しさと、久しぶりの二人きりの時間という気恥ずかしさがあいまって。
自分の顔が真っ赤になっていると感じたからかもしれない。
落ち着こうとすればするほど、上手くいかない。
俺は、静かに布団から抜け出した。
すると三蔵がゆっくりこちらを見る。
「悟空、もう起きるのか?」
いきなりの声に、三蔵が目を覚ましていたことも忘れていた俺は驚く。
「え、あ、うん。お腹すいたでしょ。ご飯作るよ。」
適当な言い訳とともに、しどろもどろになった俺はその場を抜け出す口実を口にした。
そのまま、三蔵の横を通り過ぎキッチンへと向かう為に歩き出す。
そんな俺の背後で、ゆっくりと立ち上がる気配がした。
何も言わず俺の後を追うように数歩歩いた三蔵の気配に、俺の足は止まってしまった。
理由なんてない。
ただ、何となく呼び止められたような気がしたから。
しかし、三蔵は何も言うことをしないまま俺の傍まで来ると、俺を自分の方へと向き直らせた。
三蔵と向き合ったまま、俺はただ三蔵を見つめる。
「どうしたの?」
居た堪れなくなった俺が、先に口を開いた。
「何してるの?」
少しいつもと雰囲気の違う三蔵が、不機嫌とも取れる表情で聞いてくる。
俺はただ正直に答えた。
「え?ご飯作ろうと思って・・・」
一瞬三蔵の目が、鋭い光を宿したように見えた。
「そんなことより、大事なことがあるだろ。」
真剣な表情で俺に詰め寄る三蔵に、不安を掻き立てられながら。
「・・・何?」
困惑に戸惑う俺を尻目に、三蔵は艶美な微笑をしたかと思った途端に、俺を押し倒した。
「!!?」
一瞬のうちに敷き伏せられて俺は顔を顰める。
「俺はいつまでオワズケをされてればいいのか?
相当限界なんだが。」
気が付けば三蔵の瞳には、堪えた熱がちらついていて。
逃げることは敵わなかった。
俺の腕を掴む三蔵の手は予想以上に熱くて、自分の体温と混ざり合ってしまう。
どちらからともなくお互いの熱を高め合い、暫く見つめ合った後静かにキスをした。
絡まった糸のように、俺たちはお互いを抱きしめあう。
三蔵の深い口づけの中、一度点いた火は、消えそうもなく。
一度意識すれば俺自身も押さえは効かなくなった。
「そんなの、俺だって一緒だろ。」
テレを誤魔化すぶっきらぼうな俺の言葉を、三蔵は同意の合図と受け取ったようで。
そのまま、激しく乱暴な口付けに体の芯は一気に熱を帯びた。
「優しく出来そうにない。」
切羽詰って掠れた三蔵の声が、俺の耳朶を刺激して俺は小さく喘いだ。
三蔵はそんな俺をいつもより激しく、なのに何処か包むように優しく導く。
俺は三蔵の腕の中、蜜のように甘く溶けた。
どうも、いかがだったでしょうか。
今回はなんともスランプにスランプで。。。。
文章が進まないのなんのって。
本当に苦労しました。(汗)
はじめの出だしから中盤の寝込んだ辺りまではカナリ軽快なステップで(?)
しかし、なんとその後の展開にもう!ってなほどに落ち込みました。
何も浮かばないし、納得のいく感じに仕上がらない。
というとても苦しい状況で。
何とか、長いスパンの中でいい感じに消化できたんじゃないかと。。
思いたいですね(遠い目)
とりあえず、今回の作品は。
会社員同士のパロで。
お互いの仕事が原因で、中々会えないもどかしさなんかを表現(なんだそれ)
いつも通り最後は甘めの砂糖多目です。
糖尿病にはお気をつけを(笑)
ということで。
何よりもお待たせしまくりで恐縮ですが。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も頑張って更新します。
ではでは。
2008・08・17