夜も更けた頃、裏通りに面した古びた外観の建物。
レンガ造りのその中に一人の影が。


静まり返った中、一心不乱に腕を動かす一人の男が居た。
一言も発することなく、ただ男が掻き混ぜるボールと泡だて器の擦れる音だけが響く。
暫くして、無心で混ぜられたボール内のメレンゲはSoft Peak状態になった。
そして、男は一息つくように泡だて器をシンクに置く。

「・・・・はぁ。」
溜息を重々しく吐いた後、金髪のパティシエはそろそろと次の作業に移る。
その背中には、どこか嫌々しているような不機嫌さが滲んでいた。



数十分後。
辺りが甘い香りを漂わせる中、不機嫌なパティシエこと、三蔵は、最後の仕上げに移っていた。
眉間に深い皺を寄せ、顔だけを覗けば何かを睨み付けているかのようで。
しかし、彼の指先には繊細で甘い香りを放つ、極上のスイーツが出来上がっていた。

トッピングを終え、有名店の人気パティシエは出来上がった新作ケーキを忌々しげに見つめた。
丹精込めたはずの自分のケーキに、そんな視線を落すには、それなりの理由があった。










『甘いスイーツ』






望んでもいないのに自分がパティシエになったのには訳がある。
ただでさえ、甘いものは受け付けない自分が、よりによってスイーツ作りを仕事にするなんて。
そんな信じられないことを可能にしたのは、今自分の携帯をコールするコイツの所為に他ならない。


「・・・・もしもし。」

俺は溜息を吐きながらも、相手に悟られないように、一呼吸置いてからコールに出た。
すぐさま聞き慣れた声が、耳元で自分の名を切なそうに呼ぶ。

「・・・三蔵?まだ、お仕事中?」

こちらの状況を思いやりながらも、彼の切羽詰った声が弱弱しく聞こえる。
彼がそんなにも心配するほど時間は経っていたのかと、無言で時計を見やる。

すると、優に3時間は過ぎていた。
その事実に、小さく苦笑して若干の罪悪感を感じた俺は、素直に謝ることにした。

「ああ、すまない。こんなに時間が経っていたんだな。直ぐ帰るよ。」

俺の反応を聞くなり、携帯の向こう側で安堵の声が聞こえる。
その度に、俺は偽り続ける自分自身に何とも言えない複雑な感情を抱えていた。


定期的に繰り返される嘘の上塗り。
新作のケーキを作る為だと偽って、夜も更けた頃、ベッドを抜け出しては一人好きでもない菓子作りに精を出す。
それが、最近では毎晩になり、しかもそれは決まって彼との事の後。

そろそろ彼も気が付いてしまったのではないのだろうか。
自分が彼にひた隠しにして、スイーツを作る訳を。






彼と一緒に住むマンションのドアの前。
この高級マンションの最上階が、彼の待つ家である。
大きな大会で優勝し、それをきっかけにマスメディアから注目の的となった俺は、
先月破格の給料と引き換えに、知り合いの店の新店舗を任されたのだ。
そして、その時此処へ引っ越してきた。

ワンフロアを貸し切る形で俺たちはそこに住んでいる。
こうしている間にも、無意識に乗り込んだエレベーターの回数表示は滞りなく移り変わる。
俺の期待も虚しく、あっという間に俺を乗せた箱は、最上階まで到着してしまった。
ドアが開き、重々しく足を踏み出して、俺は驚きのあまり一瞬何があったのかと目を瞬かせた。

エレベーターから少し離れた先に、部屋の入り口があり、そこに小さく蹲った悟空を見つけたからだ。


何事かと、先程までの躊躇いも嘘のように、彼の元へ駆け寄る。

「悟空。一体どうしたんだ、こんな所で。」

俺の声を聞き、悟空がこちらを見上げた。
その目には、零れんばかりの涙を溜め、身体を小さく震わせながら。


俺は、その現状を見るなり、全てを理解した。
そして、今まで逃げてきた自分を、心の底から罵った。
こちらの反応を一瞬伺う様にした悟空が何か言いたそうに口を開けた。

しかし、俺はそれを言わせるつもりはなかった。
無言のまま悟空を抱きしめ、涙を堪える瞳に口付けを落す。
その俺の行動で耐え切れなくなったのか、悟空の瞳からいくつもの涙が零れ落ちた。

「全て話すから。だから、中に入ろう。風邪を引く。」

勤めて優しく紡ぎ出した言葉は、悟空の瞳を一層潤ませただけだった。
彼は、苦しそうに首を横に振り、拒絶を示す。
その反応に、動揺しつつも俺は彼を無理やり抱き上げると、ドアに鍵をねじ込んだ。

乱暴に閉められたドアは、大きな音を立てて閉まった。
腕の中で悟空が身を強張らせたが、俺はそのまま足を止めることなくベッドサイドまで向う。
あくまで壊れ物のように、優しく抱き上げていた腕から、そっとベッドの上に寝かせられて、彼は目を驚きに丸めた。
どうやら、先程のドアのように乱暴に落とされるとでも想像していたのだろうか。
そんな、いつものどことなく抜けている発想に、俺は少し笑った。

俺が、悟空をそんな風に扱えるはずはないというのに。


行き成り微笑んだ俺を見て、悟空は一層困惑した顔をしている。
しかし、自分の中で何か納得するものが有ったらしい。
暫くして、辛そうな表情になり、苦しそうに俺に声を掛けた。

「・・・・・さんぞ、俺大丈夫だよ。
 ホントは薄々、そうじゃないかって考えてたんだ。
 だから、はっきり言ってよ・・・・・・。」

掠れた声で、最後の方は時計の秒針に掻き消されるほど。

こんな状態になるまで、悪化させたのは他でもない俺自身なんだと、俺は心の中で何度も繰り返した。
始めから、こんなことになるのならば、自分の感情を包み隠さず話しておくべきだったのだと今更に後悔する。

そんな俺の葛藤を知らずして、悟空は目を真っ赤にしたまま。
更に耐え切れなくなった空気を壊すかのように言葉を続けた。

「三蔵は・・・・・もう・・・俺なんか、ホントは・・・・好きじゃないん・・・だろ。
 ・・・だから・・・・いつもいつも、俺が寝た後・・・・どこかへ・・・・・」

繰り返された言葉は、今度は本当に最後まで発せられることなく空に掻き消えていった。
誤解が彼を傷つけてしまうなんて、考える余裕なんてなかった。
そんな自分が、愚かなのだと嘲りに苦笑した俺は、そのまま彼を抱きしめた。

床に、膝をつき、抱きしめた腕を解く代わりに彼の目を見つめ返す。
彼は、困惑した表情のまま目を逸らすことはしなかった。
それが、せめてもの救い。


俺は、意を決して今までの経緯。
そして、行動の理由について順序だててゆっくり話し出した。


あえて嫌いなパティシエという職業を選んだのも、悟空の幸せそうな笑顔を見るが為で。
夜な夜な新作だと偽って勤しんだ菓子作りは、押さえの効かない自分を落ち着かせる為だと。

それと、付け加えて言うなら。
離れた分、残してきた悟空の事が気になって大した集中もできず、かえって押さえが効かなくなりそうだったこと。


全てを話した後、バツが悪い思いをして、上手く悟空の顔が見れない俺は、無言のまま天井を仰ぐ。

そんな俺を見つめて、安堵に満ちた笑いを零した後、悟空は俺に抱きついてきた。
行き成りのことで、少し躊躇う俺に、彼は微笑みながら言った。

「俺のことを不安にさせたお詫びに、ぎゅってして?」

少し甘えるような響きに、俺は素直に従う。
ゆっくりと抱き寄せ、悟空の首元に口付けを落としながら、少し強く抱きしめた。




今日は、他のことなど一切忘れて悟空の為だけに甘く囁く。
ただ、俺は俺で甘いスイーツが欲しい。



今夜は、彼の"大丈夫"の言葉を信じて。
俺の甘い甘いスイーツには、別の意味で鳴いて貰うとしよう。










その後、激しく溶かされた彼は、朝まで放して貰えなかったことは言うまでもない。














いかがだったでしょうか。
いや〜、恥ずかしい(笑)
こんな内容になるとは、全く持って予想外です(笑)
もう少し、ドタバタで爽やかに終わらすかと思ったんですが。
(うん、自分のサジ加減だね)
正直、自分でも吃驚デス。

というか、ホント久しぶりに砂吐きそうです(笑)
なんつう、極甘ッぷりなんでしょうか。
ミラクルというか、ドリームですね。(甘さ加減が)
基本ホントのドリームは読むの苦手なはずなんですが。。
今日は、一体どうしたんでしょうね。(いつもです)
ということで、今回は「さんぞ、パティシエになるモン」の回でした(笑)
微妙に、ヘタレっぽさが出てて何だか楽しかったような。。
ま、長さ的には、少し長くなったんじゃないかと。
取り合えず、楽しんで頂ければ幸いです。

次回は、これぞ最高僧的な(どんなだ)
カッコイイさんぞを目指して。(目標高ッ!)
それでは。

  2008・02・21