窓を打つ土砂降りの雨に頭痛が止まない。

忘れたはずの、切り捨てた過去が思考を換わりに止めた。

無限のループに心が蝕まれていく。


体が刻み込んだ指の動きが、冷たい鍵盤を躍らせて。
奏でられる想い出は、僕の脳髄から悲鳴を乗せる。



視界が、自分の半身を鮮やかに映し出して。
それ以外のものは霞んでしまうのに、貴女だけが今も色褪せず。
変わらないその眼差しで、その仕草で僕を求めてる。

温もりも無く、形も無い貴女の記憶だけが今も。








『 soundless voice 』







吐き気を催す頭痛が襲っても、痛い懐かしみを孕んだメロディーが止められない。
記憶と一緒に貴女の笑い声が僕を離してくれないんだ。



僕の世界は、花喃の傍にあって。
切り離した片目ごと、僕の心は置き去りになたのかもしれない。

貴女が戻らなければ、止まった時間など戻らないと。
季節が巡っても僕一人が無限の閉鎖空間の中で冷たくなった。
いつしか再び貴女と逢える未来をユメ見て。




静寂が耐えられない。
貴女がここに居ないかのように振舞う、物静かな秒針の音が脳を掻き乱すから。


でも今は、それさえも聞こえない。
止められない衝動に掻き鳴らされた童謡が、僕の鼓膜を揺さ振っているから。


何度目かの吐き気を飲み込んで。
荒い呼吸を繰り返して、ふと指先の痛みに気が付く。

切り離された壊れた思考回路が、蠢く自分の指を眺めた。


嫌悪感がする程、白い鍵盤に書き殴られた紅。

一部の正常な意識が悲鳴を上げた。

声に成らない絶叫。
不快感に歪んだ、唇。
噛み締めて、広がる錆びた鉄の臭い。
視界を埋める花喃の笑顔と、繰り返される紅い記憶。
吐き出した唾は、紅く。


痛覚を失い始めた両手は、傷だらけの心を引きずって奇妙にリズムを刻んだ。
止まらない焦燥に逆撫でされた感情は捌け口を探して自分の中で渦を巻いている。

出口は無い。

貴女は居ない。

花喃は戻らない。

ぐちゃぐちゃに濁った脳内を、現実が切り裂いていった。
信じたくない現状を、無理やり突きつけられて。



記憶の残骸で、激しく叩き付けられた戸の音がする。
そんな気がした。

それでも、僕の紅く染まったままの童謡は掻き消せなかった。



紅く滑った鍵盤に指が滑る。
いっそ何もかも砕けてしまえばいいと思った。







そんな俺を繋ぎ止めたのは。



嫌味なのか、紅い眼をした怖い顔の君だった。






視界が歪む。

君が泣いた。



こんな毒まみれの僕の為に、君は綺麗に涙を流す。


バラバラに砕けた筈の心が、君に掬い上げられていく。





初めての無音の中で、君は目を腫らして。
ただ、力強く俺を引き寄せた。



何だか、激しい叫びを聞かされている様な耳鳴りが始まる。



「イクなら俺も連れて行け。」

掠れた声で囁かれた彼の声が、僕の脳内を揺らした。

「・・・・・・」

言葉が出ない。


「お前と同じ感情を俺に残したまま、一人で逝かせない。」

自分以上に追い詰められたかのような彼の言葉。
その時、自分を引き摺るように連れて行こうとしていた何かが断ち切れたような、そんな感覚に落ちた。

僕はただ、クシャクシャの笑顔のまま小さく呟く。

「・・・・・それはこまりました・・・ね・・・・」



自分を抱きしめる腕の強さが、現実味を帯びて心地良い。




声も無く、僕等は愛を囁いた。




もうあの時の悪夢は映らない。













いかがだったでしょうか。
長い、長い、スランプを超えて(笑)
出来上がったとってもダーク色満載のお話ですが。
もっと掘り下げるというか、長い話にも出来たんですが今回はこの辺で。
何となく、過去と現在の絡みといいますか。
八戒のダークな部分をいつもとは違った感じに書きたいな、なんてのは跡付けです(暴露)

実は、とある曲を聴いて。
詳しくはまた別の場所にでも書きますが。
大切な人を失った歌といいますか、とても切ない曲を聴いてこの話を思い浮かべたのがきっかけです。
ずっと曲をエンドレスで聴きながら、書きました。

何とか形になったような気がするので。
良かったのではないかと、思います(適当・笑)



今年こそはと、毎年言いつつ実現できないお馬鹿な管理人ですが。
本当に、今年こそは有限実行の人でいたい。



2009・01・01