束縛のkiss



 俺は一人窓辺にたたづみ、誰かと重ねてか、
 月を見上げる。

いつの間にか日は沈み、手の届くほど近くさえ、
目を凝らさないともう見えない。

月光は優しく俺を照らす。

そして冷たく突き放す。
まるで夢から覚めたような焦燥感に心が苛立つ。

そうそれは、
不敵に俺を焦らすアイツの所為。

  漆黒の夜空に浮かぶ月と、アイツが重なって見える。


俺は口唇を噛み締め、月を睨んだ。

すると、無意識に唇の力が緩み
「・・・はっ・・・・戒・・・」
と、熱い吐息混じりの声が微かに漏れた。

透かさず俺は口を手で塞ぐ。
目に水分の感触が生暖かく広がる。



俺は・・・・

無駄な抵抗を、していただけなのだろうか・・・。

気付かなかった。
・・・・と言うより、気付きたくなかった。



こんなにも アイツが自分の心を占めていた事に・・・・・。

いつの間にか俺は、
アイツに・・・
八戒に、心ごと抱き締められていたのだ。


少し自嘲的な笑いに、俺は駆られた。
一度気付けばなんのことは無い。


俺は、八戒を・・・・


その時、急に窓から激しい風が
体を嬲るように吹き込み、俺は淋しさを感じた。

アイツがここに居ない事に。
アイツのように素直に心を曝け出せない事に。


「・・・さみぃ・・・・・」
それは心のこと。
そして、体のこと。
自分で自分を抱き締めるように、腕に力を込める。

「なら、僕が暖めてあげましょうか?」
急に後ろから声と共に、抱き締められた。

耳元で囁くアイツの声と、耳にかかるアイツの息が
俺の鼓動を激しくさせる。
俺は眩暈を起こしそうな感覚に眉を歪ませた。

そして、
その感覚に、酔う。心ごと。

「・・悟・・・浄・・・。クスッ。耳まで真っ赤ですよ?」
そう、言うや否や
八戒は、俺の赤くなった耳朶を甘噛みする。
「止めろよ!・・からかう・・なら・・止めて・・くれ・・・。」
微熱混じりの掠れた声が、二人の間の空気に響く。

すると
「嫌だ。」
と、八戒ははっきりとした声で俺に囁く。
そして、俺を抱き締める腕に解けないほどの力を込めた。

それを俺は、ホドケナイ。
力の問題だけではなく、そこに自分に執着するアイツを見た気がしたから。

俺に、この腕を解けるはずが無い。
俺は、解く術を知らないのだ。

「逃がしませんよ・・・」
余裕ぶった口調の割に、切羽詰った八戒の声が聞こえる。

俺は、笑った。
嘲笑うのではなく、蔑みの笑いでもなく
それは愛しさを含めた微笑。

「逃げてやる。・・・意地でもな。」
後ろのアイツには見えないだろうが、俺は頬に微笑を刻んだ。
「ッ・・・・」
後ろで息を呑むのが聞こえる。
暫くして、ゆっくりと腕の力が抜かれた。

俺の胸が反応してチクリと痛む。笑える話だ。
そして俺は、解かれた腕の中から
身を翻し、窓辺に背を向ける。
目の前に、アイツ。

相手の顔を見て、今度は俺が息を呑だ。
愛しき人が、俯いて苦しげに顔を歪めていたから。
愛しき人なのに・・・俺だけの・・・

「八戒・・・。」
俺はこの時初めて、八戒の瞳を見つめた。
少し潤んだ、らしくない、瞳を。

「・・・逃げて・・しまうのでしょう?・・・この腕の中から・・。」
八戒の手は、俺ではなく、八戒の服の裾を力強く握り締めた。

「・・あぁ・・。逃げてやるさ。」
俺の瞳は、八戒を捕らえたまま。

「ならば、逃げればいい・・・・。」
八戒は、視線を足元へとずらす。



「あぁ、俺は自分からお前の腕の中に飛び込むために、逃げるんだ。」
頬に笑みを、俺は刻み込む。

「・・・悟・・・浄・・・?」
さらに、一段と顔を歪めた八戒に、俺は一歩近づいた。


「八戒、俺は逃げていた。ずっと、お前から。」

「・・・・・。」

隙間の無いほど近くに居る八戒に、俺は両手を伸ばした。

「俺は、お前だけは失いたくないんだ。」
弾かれるように顔を上げた八戒の瞳が、見開かれる。

「・・俺は・・・お前を・・・・・愛しちまってんだよ。」
ようやく、心を打ち明ける事が出来た、俺。
自分の赤い顔を隠すため、俺は八戒の胸に飛び込んだ。

「・・・・・・クスッ。」
今まで余裕なんて欠片も無かったくせに
もう八戒は余裕たっぷりに、喉の奥で含み笑いをしている。
俺は悔し紛れに、八戒を睨んだ。

八戒は、俺とは打って変わって
火の打ち所の無いというべきか、呆れる位の笑顔。

俺を抱き締めた八戒は、今まで見た事の無い笑顔を俺に向ける。
「・・・逃げると言われた時、正直、嫌われてしまったのだと思いました。」

八戒の手がゆっくりと、俺の頬に添えられた。
「いけない人です、貴方は。僕の心をこんなに縛り付けたまま逃げるなんて。」
もう、優しく自分を見つめる瞳は何処へやら。
俺の前には、いつもよりいつもらしい不敵な笑みを刻む頬と口唇。

「・・・スッゲー嫌な顔。」
憎まれ口を叩く俺。

一瞬だけ優しい顔で見つめて、俺の腰を自分の方に抱き寄せる、八戒。
「おっ、おいっ・・!!やめっ・・ろって・・・!!」
「逃がさないと、言ったでしょう?」
「悪戯な瞳なんかしやがって、お前がしたって可愛くないんっ・・・・!?」
腕の中でもがいていた俺は、言葉の続きを激しい口付けによって奪われた。
「・・・んっ・・・・っんん・・・。」
いきなりの事で目も閉じないまま。

至近距離、
というより睫毛も触れ合うほど近くにある八戒の顔が
俺の体温を急上昇させる。

少し隙間の出来た、二人の唇の間。
二人の鼓動と吐き出された吐息が混ざり合う。
「・・・八戒・・。」
惜しみつつ離れていった顔に、視線を合わせる。

すると、いつに無く真剣な顔の、八戒。
俺は、一瞬で八戒の瞳に呑まれて、何も言えなくなった。

「貴方を愛しています。」
そのまま何も言えない俺を力一杯抱き占めて
八戒は俺に言う。


「放さないから、貴方は。」

そうして、俺に噛み付くようなキスを寄越す。





笑っている八戒を見る限り
これは奴の作戦なのだと気が付いたが、遅かった。







この言葉と優しい笑顔は、俺の心をときめかせる魔法。
その真剣な視線は、媚薬。

   




俺をこの胸にトドメルモノハ

  心地よい束縛のKiss






これは、昔に85祭りに出品したものです。
因みに、その時は「夢堂莉花」名義で出品しました。

んで、これは八戒と悟浄の話なんですが。
実は版権物を書いたのはこれが最初でした。
個人的には読むのはどんなんでも大丈夫なんですが。
あんまり濃いものは書けないようです(笑)
何か雰囲気を感じ取って頂けたら幸いです。

では、日々精進。

   2005・01・16