彼は新聞を読む時だけ、眼鏡をかける。
八戒の用意したお茶を飲み、綺麗に掃除された灰皿をタバコで汚しながら。


その目には、俺のことなど映っていない。







 『眼鏡の君』






彼の仕草一つ一つに、自分の心拍数が、何かを期待するかのように上がっていく。
今朝方まで一緒に居た、彼の視線を思い出したからなのか。


けれど、今の彼は視線も合わせてくれない。

俺は、独り悲しい期待をしてばかりだ。
どんなに熱い視線を送っても、彼はそ知らぬ顔で。
俺が積極的にいかなくては、と心に決めて抱きついた時など「暑い」の一言で終わり。
結構自分では頑張ったと思ったのに、彼の態度は変わらない。

なのに、夜がきて二人っきりになると、彼は本性を出す。
視線には隠し切れない熱が宿り、昼とは逆に彼の視線に俺が囚われる。
そのまま抱きしめられて、俺は何も考えられなくなるほどの夜を過ごすのだ。

だが、夜が明けて目を覚ますと隣に彼は居ない。
そして、また悲しい期待の繰り返し。



そんな毎日が暫く続いたある日。
三蔵の新聞を読む時間が、日に日に増していることに気が付く。
お世辞でも、少し、などとは言えない程に。
ここ数日に至っては、いつ見ても小難しい顔をして渋茶を啜りながら新聞を開いている。
その新聞のどこにそんな情報量が隠されているのかと、心から疑問を感じるぐらいに。

その三蔵に異変が起きたのが数時間前。
その時から彼の眺めるページは、一向に変化を見せない。
変化があったのは、三蔵の眼鏡越しの視線だった。
昨日から、自分の作戦が失敗続きの為、意気消沈していた俺は三蔵を見つめることを止めていた。

なのに、此処に来て彼が俺を何故か見つめている。
ただ、眉間に皺がよっている気がして、多分「監視されている」の方が正しいのだろう。
三蔵に背中を向けたままの俺は、窓ガラスに映った彼をちらりと見ながらそう思った。

そんな皮肉な状況に俺は、彼に気づかれないよう、小さく笑った。
俺は知らないフリを続けたままでどうするべきか思案する。
待っていましたと言わんばかりに振り返るのか、気づかないフリを貫き通すのか。
にしても、彼の行動の意図も掴めぬまま、振り返ってしまうのも癇に障る。
兎に角俺は、彼の意図を探るべく行動に移ることで決断を先延ばしにした。


「八戒〜、何か手伝うよ」

食事の用意を手伝うことを口実に、俺は彼に見せ付けるように八戒に甘えてみた。
といっても、感覚的には「お母さん」のそれに近いので三蔵へのものとは正直異なっているのだけれども。
そんな俺に、鋭い八戒はいち早く気が付いたようで、後ろの三蔵に気づかれないように俺に目配せをしてきた。
これは、「分かりました、協力しましょう」のサイン。

心強い協力を獲得した俺は、少し大胆に八戒に抱きついた。


すると、直後に、背後から「グシャ」と大きな音がした。
吃驚して、後ろを振り返ってしまう。
ところが当の本人は、何事もなかったかのように新聞を、しかも同じページを読んでいた。
失敗だったのか、としょぼんと落ち込みかけた俺に、八戒が耳打ちをしてきた。

「悟空、良く見てください。
 読んでもいない新聞紙です。相当くしゃくしゃになってますよ。」

そういわれて、そーっと覗いてみると。
本当にさっきまで綺麗だった新聞紙がクシャクシャになっていた。
八戒に言われて、先ほどの大きな音が、三蔵がクシャクシャにした新聞紙の音だと理解した。

「相当、イラついてますね。
 いい気味ですね、ホント。空き缶を灰皿に使うからです。」

笑顔で毒づく八戒を目の当たりにして、俺はこの人を敵に回してはいけないと本能で感じた。
日頃の恨みを、とでも言いそうな八戒の傍で俺は三蔵が少し可愛く見えた。

未だにどうして三蔵が俺を見てくれないのか、分からないけど。
そんなことはどうでもよくなってきた。
余りにも三蔵に触れたくて。切なくなったから。



そんな時、急に後ろへと引っ張られた。
急なことに、声も出すこともなくただただ吃驚していると不愉快そうな三蔵の顔が視線に入る。

「いつまでそうしているつもりだ。」
「??」

彼の発言の意図が分からず混乱していると、それにまた眉間の皺を増やした三蔵が腕の力を込めながら言った。

「いつまで八戒の袖を掴んだら気が済むと言っている。」
「・・・・・・」

明らかな不快感をぶつけられた八戒は、どこ吹く風といった表情で。
当の俺は、三蔵が何故そこまで怒るのか理解できなかった。
確かに、俺は彼の気を引きたくて八戒にベタベタしていたのだけども。
三蔵がこれ程までに自分の感情を露にするとは考えていなかった俺は、一瞬思考が停止したまま呆然とした。

そして、暫くして内からこみ上げる愛しさに胸が苦しくなった。


「さんぞ・・・・」
「取り合えず、離れろ。
 もうこれ以上は、我慢なんぞするものか。」

一人ブツブツと囁く三蔵の言葉に、再び訳が分からない俺に、またもや八戒が耳打ちをした。

「毎夜毎夜あんまり三蔵が手酷くしているようなので。
 余計なお世話でしょうが、忠告してみたんですよ。
 "あんまりしつこいと、嫌われますよ"って。」
「・・・そ、そんなことは・・・」

そんなことで、三蔵を嫌いになるなんてことはない。
でも、八戒そう言われて、自分の為に努力してくれた三蔵の心が嬉しい。
そして、やっぱり愛しい。

胸の中が三蔵に対する愛しさで埋め尽くされた俺は、我慢できずに彼に飛びついた。
少し驚いたようだったが、直ぐに力強く抱きしめてくれる。
そんな彼の仕草に、俺は幸せを感じるのだった。



その後、暫くして三蔵から真相を聞くことになった俺は、事の真実にこっそり笑ってしまった。
新聞を見ていたのは俺以外の事に集中しなくては、と思ったらしい事。
眼鏡をかけていたのは、新聞を読む時はいつもかけるから、以外に実は理由があって。
それが、どうしても俺が気になるから新聞を見ながら俺を覗き見しようとしていた事、らしい。
ただ、俺がずっと見つめるので逆に殆ど見返せなかったと言う事も。


恥ずかしそうにして、彼は珍しく饒舌だった。
俺の不安を察知すると、彼は途端に優しく、甘くなる。




もちろん、今は眼鏡をかけていない。

幸せに浸りながら、俺は三蔵の頬に口付けた。













どうも、いかがだったでしょうか。
チョット、長いですか?今回はまだセーフかと思うのですが。

というか、ラストをどうしようかと思って結構悩みました。
前々から、最初の出だしだけ書いていたのですが。
結局その続きを書けなくて、放置しておりました。
その他のものといい、こんな感じのが多いいですね。
いけないです、ホント。

なので、頑張ってみましたが。
今回は、バカップルに黒八戒が乱入。ということで(笑)
個人的には、もっと話が長く書ければもっと書き込みたかったと思いました。
いい感じに八戒は黒い設定が、亜惣の中で定着しているようで。
今にも最高僧様に向かって、「自業自得ですね。ざまぁみろっていうんです。」
とか言っちゃいそうで、笑っちゃいました(笑)

次回は、もっと個性と言いますか。
今までにない感じの話を展開していければと思います。
頑張るぞ。

それでは。

   2007/10/25