西を目指した旅も、お互いに普通の状況だと認識するまでに慣れたある日。
久しぶりの野宿から開放された状況で、小さな町の民宿。
そこでの思いがけない、ハプニング。
その結果、今に至る。
『A boundary line』
お互いに待ちに待った民宿に、寝台。
それぞれ個別に部屋割りを決め、お互いが就寝につく予定だった。
本当に、しつこい程繰り返すが、その予定だった。
しかし、結果はそうではなかった。
実際に取れた部屋は2部屋。
確実に4つ分を頼んだはずなのに。
急に喉が渇き、それを潤すためにその場を離れたのがいけなかったのか。
帰ってきた時には、八戒が満面の笑みで鍵をぶらつかせていた。
取り合えず、八戒曰く「急な団体が来て、部屋が足りなくなったので相部屋で」とのこと、らしい。
ただ、その話も、鍵を満面の笑みで握るこいつの笑顔も、何もかもを信用してはいない。
しかし、今更言っても仕方ない。
しかも、あの極悪最高僧と悟空を別の部屋にするなんて、俺には恐ろしくて出来やしない。
俺は仕方なく、八戒の差し出した鍵を微妙にビビッた手つきで受け取った。
八戒は、全くいつもと同じ白々しい顔をしていた。
俺たちがチェックインをしたのが、4時間前。
晩飯を最高僧のツケだとばかりに食いまくったのが、3時間半前。
八戒と恐る恐る同じ部屋に入り、気を紛らわすために晩酌を始めたのが2時間と少し前。
微妙な距離と警戒心を持ちつつ眠りについたのが、1時間前。
大した時間も経ってないのに、俺はどうしてか起こされる事となる。
ふとあたりを見回すと、八戒は俺から少し離れた椅子に腰掛けたままゆったりとした動作で本を読んでいた。
身体を起こした俺に気が付き、彼がこちらを向いた。
「起きたんですか?大して眠ってないですよね。
・・・・もしかしなくても、アレの所為ですか?」
「多分ね。」
本を片手に、苦笑交じりの八戒が指差したのは俺たちの隣室。
俺の眠りを妨げるように、今も声が聞こえる。
隣室としては、どう対処したらいいものか迷ってしまう類の声が。
そう、二人が事情中ですと主張するような声が、掠れ掠れに漏れ聞こえ、俺の安眠を妨げる。
二人のことには口を挟むつもりはないし、あの生臭坊主が人間らしくなっていいんじゃないかと思っている。
しかし、この状況は取り合えず、勘弁願いたかった。
正直に言うと、声が漏れ聞こえることなんてどうだっていい。
ちょっと明日の朝、会話しにくい、目が合わせられない程度の至って問題ないものだ。
しかし、俺が危惧する今の状況は確実に、宜しくないのだ。
何がって、この部屋には俺と八戒。
隣からは、最中の煽るような声。
「普通を装っている」八戒と俺しかいない時に、コイツを刺激するな。
以前から、八戒の何気ない視線が気になっていたのは事実。
始めは何か言いたいことでもあるのだろう、程度のもので。
しかし、途中から見られていることを通して、彼の気持ちに気づいてしまった。
時々、そんな風に勘の鋭さを見せる自分が恨めしく思う。
それでも、知ってしまったことは仕方がなく、知らないフリは出来ても忘れることは出来なかった。
そして、今に至る。
目線を合わせることも出来ず、隣室に煽られるように変な想像が脳裏を過ぎる。
考えたくもない想像に、一人で顔を顰めても、その映像は止まらない。
動揺と混乱の入り混じったまま、俺はただひたすら無言のまま手元を見つめた。
それ以外に目を移すと、狭い室内で視界に彼が移り込むから。
早く静まれ自分、と何度も念のように言い聞かせても効果は見られなかった。
そんな一人葛藤の中、行き成りの吹き出す声が俺の思考を止めた。
「・・・・っ・・・はっはっはっはっ!!」
静かに本を読んでいると思っていた八戒が、堪えかねたように笑っていた。
彼にとって、目に涙を溜めるほど声を上げて笑うことは珍しい。
にも拘らず、八戒は俺のほうを見ながら笑っている。
自分が何をしたのかも、理解し切れていない俺はただただ混乱を深めるばかり。
俺はそんなに凄い百面相でもしていたというのだろうか。
本を読んでいる時と同じゆったりした仕草で、彼は自分の目に溜まった涙を拭った。
その仕草に、先程までの想像を思い出し急に体温が上がる。
目を合わせない様にしていたのに、固まった視線の先には、普段通りに戻った八戒の視線。
絡み合うように少しも外せなくなった俺を見て、彼はゆっくりと目を細める。
たったそれだけの動作に、俺は脳を掻き乱される。
居た堪れなくなって視線は床に、鼓動は早鐘。
鳴り響く心拍数は、もう自分では止める術もなく。
全てが彼の仕組んだ作戦のように。
細かく張り巡らされた仕掛け糸に、俺は自分で捕まりにいったのだろうか。
一瞬で彼の視線に翻弄される俺は、彼が本を置き、椅子から立ち上がった事にも気づかず。
自分の心に気が付いてしまった事への戸惑いに支配されたまま視線を上げる。
その先に、手が届いてしまうその距離に、彼は既に来ていた。
気づいたときには、既に遅く。
何も言わず、何もせず、ただそこに近寄っただけの彼に、俺は全てを囚われていた。
「そんな顔をしないで下さい。」
少し辛そうな顔をした八戒が、何かを堪えた声でそう言った。
俺は途端に胸が苦しく締め付けられた。
「困らせたい訳じゃない。」
彼は無言の俺に、言い聞かせるような優しい声音でそう言った。
そこには、やはり隠し切れない切なさのようなものが混じっていて。
ゆっくりと俺の隣に腰掛ける八戒に、戸惑うばかりで言葉が出てこない。
何かを必死で言おうとする俺を待つように、彼は黙ってしまった。
逆にその空気が耐え切れず、俺は更に言葉を見失う。
暫くして、八戒は俺の限界を察したのか、もういいですよ、と言いながら俺の頭を撫でた。
普段なら不快に思うその仕草も、驚くほど心を落ち着かせてしまう。
こんな状況だからか、それとも相手がコイツだからか。
自分でどうしたいのか、どうすればいいのかさえ理解できない。
俺は、色んな感情が混ざり合って、言葉もなくしたまま。
解決することなく迷いの糸を引き摺り、忘れたフリをするのか。
いつもいつも、安楽な答えばかりを求めたがって、そうなるように仕向けて。
本当に俺は、何かを見過ごしたりしていないのか。
自分の中で何度も問い続ける自問自答。
それを断ち切ったのは、八戒の溜息。
彼が見つめ返しても、俺のことなど居ないように視線を外す八戒。
呼吸が止まるような、絶望。
彼の態度が、突き返された拒絶のような気がして、押し寄せる身勝手な不安。
ベッドから立ち上がり、俺には視線もくれず吐き出される彼の言葉。
「忘れてください、僕の事など。」
痛々しいまでの弱弱しい声音。
微かに、俺の方を向いた彼の視線。
八戒の泣きそうな顔を見た瞬間、俺は既に答えが俺の中にあったことに気づかされる。
遅すぎた答えに、俺は自分の馬鹿さ加減を知る。
俺が恐れていたのは、八戒ではなく、彼との間にあった境界線。
踏み越えることで、彼を失った時の恐怖に恐れていたのだ。
しかし、迷っている時間は無い。
今を逃せば、次は確実にない。
二度とコイツは俺に近づかない。
俺は、彼を失う恐怖に、自分を奮い立たせる。
既に俺に背を向けた八戒へと叫ぶ。
「この俺を舐めんなよ!」
いきなりの、俺の言葉に、驚きを隠し切れないまま彼が振り返った。
彼に似つかわしくない、動揺だらけの顔で。
「お前がいるところなら、何でも乗り越える。」
体中が熱く、全身が心臓のように鳴っている。
早いリズムで鼓動が騒ぎ、彼の言葉を痛いほど待っていた。
必死の答えに、彼は気が付いたのだろうか。
解り難い表現しか出来ないけれど、これが俺の本心なのだ。
そう自分に言い聞かせ、彼の反応を待つ。
目を瞑ったまま俯き、暫く待ってみたものの、彼の返事は未だにない。
居た堪れなさと、掻き毟られる様な胸の痛みに、俺が顔を上げた時。
思いもよらない激しい口付けに、俺は呼吸ごと全て奪われた。
突然の言葉のない彼の返事に、目を瞬かせた俺。
しかし、視線の先には、熱の篭った不敵な笑みを浮かべる八戒が居て。
微かに唇が離れた先、息が触れるほど至近距離。
「返品は、不可ですから。」
いつの間にか余裕を取り戻した八戒が、そう呟く。
そして、俺が返事をする前に、彼は強引にもう一度俺の唇を奪った。
それでも、甘く感じるのは、俺の贔屓目かもしれない。
俺たちは、互いの境界線を乗り越え、一つになった。
いかがだったでしょうか。
三蔵ペアにやられ(笑)感化され出来上がった二人。みたいな(笑)
というか、隣の部屋に漏れ聞こえる程って・・・・!
どんだけ〜、みたいなね(笑)
因みにタイトルの「A boundary line」というのは、境界線という意味です。
取り合えず、この二人はお互いのラインと言うかそういうものがあって。
それを乗り越えるまでに躊躇したり、こう大人の態度を貫いてしまったりする感じで。
だからこそ、何かきっかけがないと一歩踏み出せない、という感じで今回はお届けです。
まぁ、三蔵バカッポーよりも下手したら、超甘のような気もしないでもない。(どっちだ)
三蔵は、強がるけど最後には折れて、甘くなる。
若しくは最初から激甘。
八戒は、最初から超甘。に見せかけて、鬼畜みたいな(笑)
兎に角、この攻め二人は最強だと思う。今日この頃。
個人的には、八戒が最強なので、三蔵とくっ付いてもいいんじゃないかとさえ思う(!!?)
でも、書くとなるとちょっとヘタレ三蔵になってしまいそうで嫌ですね。
自分がヘタレ三蔵を書くのは(いろんな意味で)、ちょっと先にしたいです。
何にしても、攻め八戒というか、強気なハッチが大好きです。
以上!(笑)
では、では。
2007・09・19