『純情ハニー』






窓ガラスを叩く激しい雨に目が覚め、辺りを見回す。
限りなく知った室内に、彼の香り。
しかし、そこに彼は居なく、微かな温もりが時間の経過を知らせた。



「・・・どこ・・・・?」
突如として押し寄せる不安の波に、つい声が漏れる。
掠れて消えかけた声に、暫くしても返事は無い。

さっきまであんなに幸せだと思っていたのに。
もう、離れたくなくて、空気のように彼と一つになって。
なんて、考えていたのに。
そう思っていたのは、自分だけなんだろうか。
せめて、自分が目覚めるまでは、傍に居てほしい。
そんな少女みたいな感情は、俺には似合わない?
限りなく思考がマイナスに沈みかけた時、彼は静かに戻ってきた。

枕に顔を埋めてモヤモヤしていた所為か、音の主は俺が起きていることに気が付かないようだ。
いつもより静かな足音で戻ってきたかと思うと、彼はゆっくりとした動作で傍の椅子に腰掛けた。
腰掛けると同時に、溜息を吐き出す彼。
どこか自分以上に考え込んだ溜息に、何故か自分が落ち込んでしまう。
自分が気づかないうちに、彼に何かしてしまったのか、そんな不安が胸を過ぎる。

「・・・・・限界か・・・」

溜息混じりに吐かれた言葉が、俺の思考を停止させる。
三蔵の心底疲れきったと言わんばかりの言葉が胸に刺さった。
自分への拒絶の言葉のような気がして、目頭が熱くなる。
ベッドから出ることも出来ず、拷問のようにそのまま三蔵の傍にいるしかなかった。
きっと三蔵は俺のことを嫌ってしまったのだ。
だから、俺の傍にいることがもう耐え切れないのだと、俺はそう感じた。

暫くして、もう一度三蔵が溜息を吐いた。
椅子から立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
たった数歩の距離なのに、聞こえもしないカウントダウンをされているようで、俺は震えた。
殆どが布団の中に隠れた状況で、俺は息を殺して様子を伺った。
三蔵がベット脇で、何かを考えているような気配がしたから。
布団に阻まれて見ることなど出来ないが、何かを躊躇う、そんな気がした。

俺は、もうそんなに嫌いならこのまま、これ以上嫌われないうちに部屋から出て行ってほしいと願った。
今の寝たフリを自分が続けているうちに、気づかないフリをしている間に距離をとってほしかった。
しかし、それは叶わなかった。

願いも虚しく、暫く沈黙した三蔵はそのままベッドに腰掛けた。
今の三蔵がどんな顔をしているのか、想像したくはないが最悪の状況だけが頭を占める。
グルグルと最悪の状況ばかりを廻らす俺。
そんな俺をあざ笑うかのように、三蔵はベッドに横になった。
しかも、俺の直ぐ横、いつもと同じ俺と触れられるその距離に。
俺は、涙が溢れて、止められそうにない。
僕を嫌ったはずの三蔵が、いつもと同じ場所に寝そべる事に、嬉しくもあり、苦しくもあり。

再び、モヤモヤとした感情が俺の思考を支配した時。
三蔵の優しい手が、俺の髪をすいた。
その優しい手つきに、涙が際限なく溢れた。
俺は必死で声を押し殺す。
それでも、三蔵の手は止まることなく、俺の髪を撫でた。

これ以上は我慢できそうにないと、俺が思った時。
ゆっくりと力強く抱きすくめられ、口付けを落とされる。
状況が掴めない俺は、ただ布団の中で困惑するばかりだった。

「・・・・愛してる、悟空・・・」

微かに囁かれた言葉を聞いて、俺は更なる動揺に思わず顔を上げた。
いきなり動いた俺を見て、三蔵も驚いたのか、目を瞬かせている。

「・・・・起きていたのか」
「・・・・・うん。」

暫く沈黙が二人を包んだ。
耐え切れない時間の流れに、見つめられる視線が痛い。
無言で視線を逸らしている俺に、三蔵が歯切れの悪い声で尋ねる。

「・・・・いつから・・・・起きてた?」
「・・・・・・」
「・・・聞いて・・・いたのか・・・」
「・・・・・・うん」

煮え切らない言葉のやり取りに、痺れを切らしたのは三蔵だった。
俺を静かに見つめたまま、少し不快感を含んだとも取れる声音で。

「いつから起きてたんだ。」
「・・・・・・・・・最初から」
「!!!!!」

三蔵が、言葉に詰まった。
俺が自分の気持ちに気が付いたことに、動揺しているのか?
数秒沈黙した彼は、小さく溜息を吐いた。
その光景に、静まりかけた涙腺が、一気に涙を溢れさせた。
いきなり泣き出した俺を、三蔵は驚いた表情で見つめている。
三蔵の傍にいることが耐えられなくなった俺は、自分から終止符を打つために言葉を吐き出す。

「・・・・俺が嫌いになったから・・もう傍にいるのが限界なんじゃないの?」
「・・・・・何の話をしている?」
「・・・・・それなのに・・俺を愛してるなんて
 嬉しいけど・・・それでも嬉しいけど・・・・信じられないよ!!」
「!!!」

何かを言おうとした三蔵は、俺の言葉に驚いたのか、絶句している。
眠っていると思って呟いた言葉が、俺に聞かれてたと知って、思案顔になる三蔵。
いっそのこと、今はっきりと言葉で言ってくれた方が楽になれる。
そう自暴自棄な考えを廻らせた時、俺は意表をついた三蔵のキスに目を瞬かせる。

「!!!・・・・っんん・・・!」

一瞬の出来事に、未だに何が起こったのか理解できない。
困惑と動揺が入り混じったまま、三蔵に目を向ければ、どこか怒ったような表情をしている三蔵。

「・・・・・何が信じられない?」

それでも、優しい声で俺の話を聞こうとする彼に、俺は更なる困惑を抱える。

「・・もう傍にいるのが限界なんじゃないの?」
「だから、何の話だ。
 しかも、俺が信じられないとか言ったな。」
「だ、だって!"限界"って三蔵言ったじゃん!
 それなのに、それなのに、俺の髪の毛とか愛しそうに撫でるし。
 優しいキスとか、して・・・・いつも、頼んでも言ってくれない・・ことまで・・・・・言って・・・・」

最後の方は、自分で何を言っているのかも、理解できない。
ただ止め処なく溢れて来てしまう涙を堪えようと必死になった。
そんな俺を見て、一瞬驚いた三蔵は、次の瞬間何かを察したように微笑んだ。
俺の頭を、やはり愛しそうに撫でて、俺に言い聞かせるようにゆっくり優しい声音で話す。

「悟空。お前、何か誤解してるな?」
「・・・・・ぇ・・・でも、三蔵確かに・・・・」
「・・・・・・まぁ、言葉としては、言ったな・・・」
「なら!」
「最後まで聞けって。言葉としては、言ったけど、ニュアンスが違う。」
「・・・・えっ??」

三蔵は、動揺する俺を、真剣な瞳で俺を見つめた。
そんな三蔵の視線に、俺は何も言えなくなった。
ただ、俺の身体が熱を帯びて、鼓動が早まったぐらい。
俺は、こんなにも三蔵の全てが大好きなんだ。そう実感した。

「・・・・・とりあえず、聞いて後悔しないか?」
「しないよ」
「・・・そう、か。」

真剣な表情ではっきりと言った俺を、三蔵はどこか嬉しそうに見つめ返した。
その瞳に一瞬熱がこもったような気がした途端。

俺はいとも簡単に、三蔵に組み敷かれる形となった。
いきなりの展開に俺の脳みそはついていけない。
ただなされるままに、身体が反応するだけ。
その次を予想した俺の身体は、戸惑う意識を裏切って彼の熱を待つばかり。
艶かしい色を帯びた三蔵の瞳が、楽しそうに俺を見下ろした。

「こういうことなんだよ、悟空。」
「!!??」
「何度ヤッても収まらなくって、お前を壊したくないから一人で堪えてた。
 でも、お前が可愛すぎるから、これ以上は我慢できない、ってこと。」
「・・・!!?・・・・っん・・ちょっ・・・」

いつまで経っても理解できない俺に、三蔵は痺れを切らしたのかいつにも増して饒舌で。
いつもならどんなに頼んでも言ってくれないような甘い言葉付きで、俺の耳朶に囁く。
そのまま耳朶を甘噛みされて、言葉が続かない。
俺の反応に気をよくした彼は、そのまま俺の唇を優しく深く、そして時に激しく奪った。
三蔵のよく響く声が、俺の芯を熱く昂らせて思わず声が出る。
そんな俺を楽しんでいる三蔵は、いつにも増してやはり饒舌で。そして甘い。

「・・・悟空っ・・・・愛してる・・・」
「・・・・さんぞっ・・・・お、俺も・・・・・愛してる・・」

聞きたかった言葉を、漸く聞けて俺の心の不安は綺麗になくなった。
嫌われたんじゃないかと思っていた自分を、否定するためにいつも言わない言葉を口にする三蔵。
彼の体温がいつもより熱くて、溶けてしまいそうで。
それが、逆に彼の思いの深さのような気がして嬉しかった。
悲しさとは違う、涙が頬を伝う。
繋がったまま、彼はやはり優しい手つきで拭ってくれた。








彼の優しさを全身で感じて、幸せに浸る俺。
あれから、数時間後。
目を覚まして隣を見やれば、三蔵が綺麗な寝顔で傍にいた。
しっかりと俺を抱きしめたまま、静かな寝息をたてる彼に、胸がキュンとなる。
あの後、何度も求められ彼の欲望の深さを垣間見た。
その所為で、腰はいつも以上に使い物にならなさそうだが、この倦怠感が愛された証のようで。
三蔵は俺のことを可愛いと言ってくれたけど。
俺にとっては、いつも優しくて強引で不敵な笑みを見せる彼が、本心を語る時だけ甘くなる。
照れ隠しに、冷たい素振りをする時もあるけど、今日のように素のままの彼も好き。
言葉足らずで、不器用で。

そんな純情さが愛しくて堪らない。

たまには、今日のように極甘な三蔵に愛されてみるのも、幸せでいい。

俺は、眠ったままの三蔵に、触れるだけのキスをした。
















タイトルをみて、悟空だと思った方、御免なさい。
甘い感じに仕上がってしまって、正直吃驚デス(笑)
しかも、実は先にUPしていた「渇望エゴイスト」の対となるバージョンです。
何が対かというと、同じ言葉足らずの三蔵に振り回され不安がる悟空(笑)
感覚的には、ゲームの分岐ルートシナリオのような感じです。
三蔵極甘エンド、饒舌エンド、恥じらいエンド・・・みたいな(笑)

誰よりも一番楽しんでいたのは、亜惣ですが。
しかし、自分でしていて何ですが、もっと純情さを出せばよかったかもしれないと反省(苦笑)
結構こういった、すれ違いの後ラブラブ的な展開が、大好きなのか。私。(誰に聞いてる)
というか、王道といえばそうなんで当たり前なんですが。
とりあえず、今回は異色なんじゃないかと思ったり。
(いや、結構他も異色よ?自分。)
だって、恥ずかしさの余り饒舌になって、三蔵が極甘とか!(笑)
長さを気にして、こんな感じに仕上がりましたが。
まぁ、好きですよ。正直ね(笑)
ということで、こんな雑食な作者ですから。
こんなんも、まぁあるかな、程度に読んで下さい。(笑)

次は、もう一方の馬鹿ップルを!(それはお前のサジ加減だ)
若しくは、コメディタッチの楽しいものを。
書ければいいな、と思います。

何にしろ楽しんで頂ければ、幸いです。

2007・09・19