その電話は、イキナリ鳴り響いた。
誰も居ない部屋に、自己主張をし始めた電話機はけたたましく鳴ったまま。

朝風呂から戻った俺は、半ば濡れかけの身体のまま、受話器をとった。
急いで羽織ったシャツの肩が、髪から滴る雫で濡れている。

「はい。」
「朝早くに申し訳ありません。八戒です。
 今、お時間宜しいでしょうか。」

受話器越しから聞こえてくる声は、俺の秘書の声だった。
いつも理知的で、冷静さを欠くことなどない彼が、いつもと違う。
切羽詰ったその声は、彼らしくない。
少し、苦笑した俺は感づかれないように話の先を促した。

「構わないよ。用件は、何?」

年齢は、秘書である八戒のほうが上である。
前社長から、指名制で俺が社長を継ぐことになった。
その時、八戒は何も言わず、今でも俺の力になってくれている信頼の置ける部下。
そんな感謝を上手く表現できない俺は、八戒相手にどう接していいか判らない時が、正直在る。
今も、そんなことを思いつつ、八戒の話を聞いていた。



会社がこんな重大な状況に陥っているとは、全くもって知らずに。












『俺のホワイトナイト』





「社長、我が社の持ち株の40%が買収されました。
 このまま行けば、我が社は・・・・・。」

深刻な声で語られた事実に、愕然としつつ俺は、今出来る限りの手を打とうと身を乗り出した。
まずは、その目で状況を確認しに、会社へ直行する。

まだ報告からさほど時間が経っていないのか、報道関係者の姿はなかった。
それが、まだ救いではあった。
人通りのない、早朝の自社ビルの出入り口で、車に乗ったまま、溜息を吐く。
運転手に、入り口横に車を着けさせると、幹部の一人が待ち構えていた。
いつになく真剣な表情をした紅毛の、悟浄が。

降りるなり、質問攻めに合うのかと一瞬身構えるが、彼はすれ違いざまに一言だけ投げて寄越しただけ。

「どうするつもりだ?」

ふざける様子もなく、心配する風でもなく。
ただ単に、こちらの反応を伺うだけの質問に、力の入りすぎた自分を自覚する。

「どうもこうも、護り切るさ。手段なんか選ばない。」

俺の言葉に弾かれるように振り返った悟浄と視線がぶつかる。
少しの沈黙の後、お互いに苦笑を交わす。
今が、深刻な分岐点だからこそ、お互いに言葉は要らない。
俺の信頼する部下は、こちらに背中を向け、タバコを咥えながらヒラヒラと俺に手を振った。
これが、彼流の応援の仕方なのだろう。

俺が動かなければ、会社もろともヤツに持って行かれるだけなのだ。
そう嫌なほど認識した俺は、胸に決意を押し込め、足を進めた。


早朝ということで、出社している社員は少ないが社内の空気は、やはり違っていた。
社員たちの目に不安が募っている。
それでも通常業務をしている影には、秘書の力があった。
八戒が、俺に連絡をした後、全社員宛に情報説明をしたようだ。
俺は、そんな有能な部下、というより友人に心の底から感謝した。
俺が社長に任命されて困惑していた時も、二人の友人は笑顔で俺の背中を押してくれた。
そんなことも含め、この会社を俺は守らなくてはならない。

大切な仲間と、その家族を守るために。


我が、SK株式会社はIT業界ではかなり名の知れた企業である。
しかし、ここ数年売り上げが伸び悩み、事業縮小を強いられていた。
その矢先、である。
何度か、事業提携などの話は正直あった。
だが、その上手い話の裏には、なんとも気に食わない『条件』と言われるのものがあったのだ。
だから、今まで提携の話を断り続けた。

しかし、実際問題、どうしたらいいのか。
有効な解決策または打開策が思いつかない。
苛立つまま、社長室のドアを乱暴に開けた時。




開け放った先に、予想外の人物が椅子に座って眠っていた。

朝日に透ける金色の髪が綺麗過ぎて、時間を忘れて見惚れそうになる。
社長室の来客用ソファーに、ゆったりと優雅に腰掛けたその人物は
静かに寝息を立てていた。

「・・・・・三・・・ぞ・・・。」

八戒からは、来客があったなんて聞いてない。
しかし、彼が言わないには何か理由があるのだろう。
だが、鼓動が早鐘のように鳴り響いている。
この異常なまでの動揺は、こんな時の来客だからか。

それとも、来客が彼であったからか。


俺の呟きに、ゆったりと目を覚ました三蔵。
特に慌てる様子もなく、こちらに対して視線を寄越す。
その視線に、言葉が詰まる。
何を話したらいいのか、思考が真っ白になってしまう感覚。


「来たのか。入らせてもらったぞ。」
「・・・・・・・ああ。」

いつも通り冷静な彼の声に、胸が苦しい。
苦しさに曖昧な返事しか喉を通らない。上手く声にならない。
いっそのこと、今回の買収先が彼の会社であったなら、どれだけよかったか。


他の会社でなく、彼の会社ならば。




「・・おい。聞いてるのか?」

思考の渦に飲まれて、何度目かの彼の声に漸く覚醒する。

これはただの願望だ。

彼が今日このタイミングでここへ来たのも、別の理由があったからに違いない。
今まで、一度も彼は俺に対して提携の話を持ちかけたことはなかったから。
心では、彼からの誘いを待っていたとしても。 
本当に、一度もそんな話はなかったのだ。


「・・・・まぁ、いい。
 で、どうする気だ?
 糞焔の野郎が動き始めたんだろう?」
「・・・えっ?」

「・・・・?何だ?
 知っているんだろ、株の買占めの件は。
 このままなら、確実にヤツの手中に落ちるぞ。」


三蔵は、至極当然のことを言っている。
このまま、何も手を打たなければ確実にこの会社は乗っ取られる。
いや、何かをしても有効な手立てでなければ努力も無駄になる。
負け腰の感覚が、彼に見透かされているだろうこともわかっている。

それでも、今目の前に彼が居る事実に、弱気なココロが外に出てしまいそうになる。
甘えが、助けてと口に出させようとしているように。
必死で気丈な振りを続け、無言のまま不安を露呈しないようにしているのに。
それが今の限度。
これ以上一緒に居れば、彼に寄りかかってしまいそう。
そんな感覚が、胸を一層締め付けてくる。




「・・・・今にも泣きそうな顔しやがって。」

そう呟いた三蔵に、いきなり抱きすくめられる。
温かく力強い彼の腕の中、本当に涙が溢れてくる。
自分で何とかしなければ、と必死に考えれば考える程、正直何も浮かばなかった。
そして、対策ではなくて、三蔵の顔だけが頭を過ぎってしまっていた。


「どうして俺に相談しない?
 こんなに震える位追い詰められる前に、俺に話せ。」
「・・・・・・・さ・・・んぞぉ・・・・・」

とうとう涙声になった俺の声は、さらに抱きしめられた三蔵の肩に埋れて掠れた。
優しさなのか、彼の温もりが驚くほど、心を落ち着かせる。



暫く、俺の様子を伺っているかのような沈黙が流れた。

そして、俺が落ち着いたのを見計らって三蔵が口を開いた。


「・・・お前、俺のものにならないか。」


「・・・・えっ?」


突拍子もない彼の言葉に、腕の中で目を瞬く。
今まで、欠片もそんな事を言わなかった彼が、今になって何故なんだと言う気持ちが
胸の中でグルグルと渦を巻き始める。
今日まで、事業縮小を強いられても他者と提携や合併を断り続けた理由はそこにあるのに。
どの企業の優しい言葉も、その裏に『条件』があったのだ。
そして、その条件というのが、今彼が言った「俺が相手のモノになる」というものだった。
それ程、そんな条件でもなければ声の掛からない程、うちは火の車状態の経営だった。

「・・・・なんで、何で今なの?
 今まで、何も言わなかったのに。
 どうしてこんな時に・・・・貴方にそんな・・・・」



結局は彼も、他の欲まみれの人間と変わりなかったのだろうか。


心が、どんどんと締め付けられ胸が苦しい。
止まりかけた涙が、再び溢れてきて視界が歪む。
彼の腕から逃れ、彼を突っぱねるようにして一歩後ず去った。

「どうして今そんなこと言うの。
 それじゃ、他の会社と一緒じゃないか。」


そんな俺のヒステリック交じりの言葉に、少しだけ眉根を歪める三蔵。
何も言わず、自分をなじる俺を暫く見つめたあと、いきなり彼は俺の唇を奪った。
抵抗など出来ないほど、激しく、甘く。

「・・・・!?んっ・・・・んん・・・っん・・・・・っ・・」

腰ごと抱き寄せられて奪われた唇は、心と裏腹に抵抗などしない。
いや、体中が一瞬で全て持っていかれた様に力をなくす。

数分の間、交わされた口付けは、名残惜しそうにゆっくり放れていった。
半分白くなった意識の中に、自分を見つめる三蔵の真剣な顔があった。

「話をよく聞け。
 っていうか、俺をそこら辺の糞と一緒にするな。
 いいな。」

とりあえずと言わんばかりに、憤慨した態度のままそれだけをまず口にする三蔵。
今の状況が飲み込めない俺は、ただ頷くのみ。
それを確認した後、溜息を付きいつも通りの端麗な顔つきに戻り、言葉を続ける。

「いいか、俺が今までこの話をしなかったのには理由がある。
 今まで、お前は俺に泣きついてきた事なんか無いし、自分で解決してきた。
 だからお前を信頼して、今までは何も言わなかった。
 だが今回は、相手が悪すぎる。
 しかも、お前が潰れそうになってるんなら、黙って見ている訳にはいかない。」

俺の目線に合わせるように少し屈みながら、優しい微笑を向けてくる三蔵。
今までの、彼の行動にそんな理由があったことも知らず、俺は自分の無知を恥じた。
どんな時でも、気にかけていてくれたこと、その事実が嬉しい。
いつもはこんなに饒舌でもない彼が、ここまで口にするということは
それだけ俺が弱っているから。

だから、余計に彼の言葉が心の底に沈みこんでしまう。

「・・・・三蔵・・心配かけてごめんね・・。」
「構わない。
 お前から連絡は欲しかったが、変わりに八戒から来たしな。」

「・・・・八戒が・・・。」
「まぁ、そんなことはいいとして。
 焔の野郎にお前をやるつもりは無いぞ。」
「・・・・三蔵。」

「言っとくが、会社がどうなろうと構わん。
 お前が傍に居ればいい。」



優しい言葉にうっとりなりかけていた俺の耳に、聞き捨てなら無い言葉が飛び込む。


「ちょっと。会社はどうでもって。
 困るよ!俺、社長だし!」
「そう言うと思ったから、今日こうしてここへ来たんだ。
 お前にとって大切なら会社も守る。
 しかし、言っとくが会社とお前のことは別だからな。
 他の糞野郎どもと一緒にするなよ。」

その三蔵の言葉を聴いて、変に回りくどい三蔵の言葉が何を言おうとしていたのかを漸く理解する。
つまり、三蔵は今までの提携の話を持ちかけた下心のある企業とは違うと言っているのだ。
弱みに付け込むのでもなく、肩書きでもなく俺個人を三蔵個人として必要としている、
そう彼は言ってくれている。

こんな時だから、いつもハッキリと言う彼が、戸惑っている訳だ。

胸の奥が、どんどん暖かい気持ちになっていくのがわかる。
苦しいほど締め付けられる感覚が、今は緩み心地いい痛みとなって胸を覆う。
鈍感で、不甲斐ない自分自身に苦笑して、彼を愛しく思う。

「分かってるよ、三蔵。
 いつもいつも、俺のこと考えてくれて有難う。
 感謝してる。」
「・・・・別に。
 感謝なんて要らないな。
 代わりに、お前を貰う。」

そう言い終えるかどうかの時、再び唇を奪われる。
不敵に笑う三蔵が、とても艶かしい空気を醸し出す。
少し驚いたものの、これが彼の照れ隠しだとわかるから何も言わない。
ゆっくりと彼の背に腕を回せば、どちらからとも無く口付けが深くなる。


絡め取られた俺は、漸く想い人に心を奪われるのだった。
身体ごと。




ソファーにゆっくりと下ろされ、唇が降りてくる途中。
三蔵が「これじゃ、他と変わりないな」と苦笑交じりに呟いた。
何だかそんな三蔵も含めて、全てが愛しくて堪らない。

「三蔵は、特別。」

そう口にすると、三蔵は蕩けそうな程優しく微笑んだ。
















数時間後、心地よい倦怠感に包まれる中。
誰かの話し声によって目を覚ます。
いつの間にか、俺の身体は仮眠用のベットまで運ばれていた。
声が近くから聞こえるが、視界の中に三蔵が見当たらない。

ゆっくりと身体を起こすと、部屋の出入り口付近に彼は居た。
ジーパンを穿いただけの格好で、どこかに電話をかけているようだ。
その仕草に、さっきまでの感覚を思い出し、赤面してしまう。
再び布団にもぐってしまおうかと考えた時、彼の電話が終わった。

「目が覚めたのか。
 身体、きつくないか。」
「・・・うん。大丈夫。
 どこに電話してたの?」

俺が、少し照れた感じで話を振った時。
三蔵は、一瞬きょとんとした。
その姿を見て、逆に俺がきょとんとしてしまう。
何か変な事を言ったのだろうか。

「・・・お前。
 今、会社の危機だってコト忘れてるだろ。
 ・・・・・・・・・ったく。」

「・・・!!!!!!
 ・・・・あ・・・・どうしよう、俺・・・。」

「大丈夫だよ。
 全部何とかしたから。
 もう直ぐ、結果が出るだろう。
 ってか、それよりもう少しゆっくり寝なおそうぜ。」

「・・えぇっ!?・・・・ちょっ・・サンゾぉ!」

安心しきった所為か重要なことを忘れた俺を、三蔵は優しい瞳で見つめてくる。
頭をくしゃくしゃされて、三蔵に心を許しきっている自分を再度自覚させられる。
こんなにも、彼に触れられることが心地良い。


にしても、彼の言う結果とは何だろう。
三蔵が言うのだから、俺は心配しなくて良いということだろうが。

少し気にはなるものの、そんな事を考える暇もなく俺は再度三蔵に組み敷かれる羽目になる。
優しく口付けを落されれば、それだけで抵抗できなくなってしまう。
そんな俺を見越して、三蔵は俺にキスの雨を降らせた。
明るい室内で、優しい三蔵の顔を見つめながら、心地良い波に何度も引き寄せられる。









その後、新聞の一面を飾った報道によって、俺は真実を知ることになる。
そこに書かれた内容は、俺の予想をはるかに超えていた。


それは、俺の会社を買収しようとした焔の会社が、
三蔵の会社によってパックマンディフェンスされたというものだった。
驚きに記事を読み始めた俺は、急に仕掛けられた三蔵のキスによってそれを断念させられる。
取り上げられた新聞は机の上、無造作に投げ捨てられた。


俺は、優しくベッドに押し倒される。





















いかがだったでしょうか?
ちょっと(?)意外に長いですかね?
いや、これでも端折ったんですが。
今回は、三空中心に頑張ろうと心に決め、頑張りました(笑)
上手くできていれば嬉しいのですが。。
というか、直接は書いておりませんが
三蔵さま、頑張ってオリマス(笑)いろんな意味で。
しかも、口調がちょっとパラレル〜(いや、全てドリームですから)
で、ちょっと閃きに任せてタイプしているので、ちょっと文体が気になります(苦笑)
一応、後でチェックしてますが、堪忍して下さい(ぉぃぉぃ)

殆ど出番のなかった八戒さんと悟浄さん。
出来れば絡んでもよかt(黙って)
ということで、個人的に満足な作品になりました。


因みに、ホワイトナイトとは。
「白馬の騎士」の意味で、敵対的買収をされた時に、
別の会社に大量に株を持たせたりなどして友好的な関係を築き、
敵対的買収を防ぐ方法のことです。
そして、最後に出てくる「パックマンディフェンス」とは、
敵対的買収をしている会社を逆に乗っ取ろうとすることです。


今回は饒舌な三蔵で、何となくもっと上手くカッコよく
いい台詞を言って欲しかったものですが
亜惣が生み出す三蔵さまはここが限度ですね。
もっと精進です(笑)

少しでも、ラブラブな二人を楽しんで頂ければ幸いです。



    2007・08・05