俺は今、人の波を掻き分け全力疾走中。
こうなったのも、全て自分の恋人の所為。


そう、大して優しくもない三蔵という恋人の。



どんなに体力があるといってもそろそろバテ気味。
しかし、足を止めることは出来なかった。
夕べの執拗に迫る三蔵の所為で、今朝は大幅な寝坊をしてしまったから。
本当は歩くだけでも相当だるいにも拘らず。
ところが当の三蔵は、俺のことなど起こしもせず、多分スカした顔で出勤したのだろう。

そんな勝手な恋人に良いようにされて、それでも俺は何も言えない。
これが惚れた弱みなんだと、自分に言い聞かせながら最後の力を振り絞って走った。
周りの生徒がまだ歩いている中、時間にすればまだ始業までには余裕がある。
それでも急ぐ俺には、相当の理由があるのだ。
毎朝の日課になりつつある、生徒会長としての「朝のお勤め」が。








『白衣の悪魔』





廊下を駆け抜け、指定された時間まであと30秒。
きっと奴は、電波時計で正確に時間を計っていることだろう。
俺が誕生日にプレゼントしたものを使ってくれることより、今はそんなものを渡した自分が恨めしい。

一秒単位まできっちりとカウントしているであろう彼を想像して、俺は最後のラストスパート。
自分の教室からは別棟にある、特別教室の並びの更に奥。
普段生徒が立ち入らない一角に、毎朝俺を呼びつける彼の部屋があった。
走ってきたそのままの反動で扉を勢い良く開ける。
そのまま相手も確認せずに、一応の挨拶を告げた。

「酷いよ!三蔵!」
「それはこっちの台詞だ、9秒も待たされた。」

挨拶より先に、今朝の文句が口をついた俺を、少し咎める様な素振りで三蔵が眉間に皺を寄せる。
しかし、すぐにいつものような余裕ありげな表情で俺に近づく。
俺はというと、余りにも走り過ぎて呼吸もままならないまま、へたへたとその場に座り込んだ。
いくら体力に自信がある俺でも、流石に昨日の今日でこの全力疾走では限界がある。
そんな事情を作った本人は、至って楽しそうに俺を眺めたまま。
座り込んだ俺に対して、追い討ちを掛ける。

「どうして遅れた?」
「あんたが悪いんだろ、いつまでもしつこいから!
 しかも、今朝は起こしてくれなくて一人で行っちゃうし!」
「おい、責任転嫁は止せよ。」
「!!!!」


呼吸困難に陥りかけている俺は、白々しく俺に対して偉そうな態度を振りまく彼の台詞に言葉を失った。
顔にはいつもより充実していると言わんばかりの楽しそうな微笑。
一人振り回されて息の吐く暇もなく、呼吸を整えるのに必死な俺。

どう見たって、悪いのは、悪代官面したこの担任教諭でしょうが!
・・・・と叫びたいのは山々ですが。
そこは大人の対応を、というより権力には敵わない。それが現実。

「・・・すいませんでs」
仕方なく自分の心と裏腹な台詞を吐きかけた途端。
最後まで吐き出すことも叶わず、いきなり激しい仕草で唇を奪われる。

「っんんっ!!!!!!!」
ただでさえシゴキの様な早朝ダッシュで体力の限界を感じている人間に対して、普通はしない。
息を切らしたままの恋人に貪るような口付けなど。

漸く解放された俺は、たった一言の悪態も吐けないままその場にへたれ込む。
肩だけでなく身体全身で激しく呼吸を繰り返す俺を、嫌味ったらしい笑顔を向けて彼が見下ろす。

「天誅。」
お前がヤラレロ!!と即行で心の中で突っ込みを入れる。
それでも口に出してしまわないのは、数秒前の学習の成果なのか。
兎に角、今度はただ実に楽しそうな笑顔のまま俺を見下ろしているままで。
特に何かを仕掛けるわけではなく、どうやら俺の回復を待っているらしい。


暫くして、何とか話せるまでに回復した俺は、立ち上がった。
それでも自分より長身の彼を見上げる形で、俺は冷静さを保った。

「・・・・・」
無言という、抵抗の後ろで。
彼は、何も言わない俺に対してそれでも悪びれた様子はない。
それどころか、余計に悪ノリして俺の腰に手を掛けた。
慣れた手つきで俺を引き寄せ、一瞬優しい笑顔を見せる。

たったそれだけの事なのに、俺は胸の中に抱えていた怒りを払拭されてしまう。
これが惚れた弱みなのだと、理解しても納得は出来ない。
けれど、異議を唱えても却下されるのがオチなので今は何も言わない。

彼が、俺にキスを仕掛けてくる。
なし崩しにされそうな勢いを、何とか二度目の口付けを阻止することで食い止める。
予想していたと言わんばかりの、余裕顔の三蔵が余計に腹立たしい。

だが、今日はそのままで終われない。



「三蔵、いい加減俺に言うことがあるよね?」

腰には三蔵の手のひら、目の前には余裕だらけの微笑。
それでも、強気の姿勢で俺は引かない。今日という今日は。


数秒の沈黙の後。


「はいはい。わかったって。」
「本当に分かってんの?」

反省の色がない三蔵に、俺は詰め寄る。
ところが、彼は反省の言葉ではない別の言葉を囁いて俺を懐柔してしまった。



「誰より愛してる」



その後は言うまでもなく、一言も言えないまま俺は三蔵の言いようにされてしまうのだ。
本当に、彼は全てが計算ずくで。


俺の心を掻き乱す悪魔のようなヤツだ。

















・・・・・・どうだったでしょうか。
今回は「三蔵強気バージョン」でお送りです(笑)
何か、悟空のみに発動される子悪魔っぷり(たぶん、サタン/笑)

可愛げがない編ではありますが、その中でも「悟空だけ」という
ピンポイントっぷりに可愛さを感じて頂ければ。。。

何となく続きがあっても楽しいかと思います。
そのうち続編が書ければいいかな。と思います。

楽しんで頂ければ、幸いです。



2007・12・31