『雨乙女』






窓を叩く雨音が一層激しさを増した。
気が付いてみれば、あれからどれくらいの時が経ったのだろうか。

そう、自分が何事も無いような顔つきで読書に逃げを求めた時。
些細な事がきっかけで、彼を傷付けまいと無言を決め込んだ時。

彼は、一人悲しそうな空気を纏い静かに部屋から出て行った。

「八戒・・・」

扉が閉まる直前、彼の不安げな声が聞こえた、気がした。
しかし、慌てて視線を上げてもそこには彼の影さえも既に無く。
僕は、言い様のない鈍痛を胸に感じた。


そして、あれから時計の針は数時間を経過していた。
小降りだった雨も今は、明けない夜を思わせるかのように振り続けたまま。
激しさを増して、自分の呼吸でさえ霞んでしまう。
読み進めていたはずの、ページは少し前から一つも進まず。
内容もあやふやにでさえ、思い出せない程で。
そんな自分の状況に辟易していた矢先、玄関の方で音がした。

悟浄かと思い、部屋を飛び出す。
直ぐさま、立て続けになっていた音が止んだ。
慌てて走り寄ると、扉の隙間から雪崩れ込むように彼が床に倒れこんできた。
驚きのまま、駆け寄り抱き起こすと、彼は全身をびしょ濡れにさせたまま酔っていた。

既に意識は無く、どうやって此処まで帰り着いたのかさえ疑問を感じるほどだった。
出かけてから直ぐに酒場へと向かい、飲み続けてでもいたのであろう。
彼の呼気からは、大量の酒気を感じた。

こんな状態にさせたのは、他でもない自分なのだ。

その事実が、何よりも痛い。

一人で立てなくなっている彼を背負い、ベットまで運ぶ。
運び終え、彼の寝顔に罪悪感が底知れず膨れ上がるのを感じた。
無意識に彼の頬に触れて、はじめて彼が熱を出していたことに気が付く。
今更ながらに気が付いた事実に、動揺しながらも熱を冷ます為に台所へと向かおうとする。

それを、彼の腕が引き止める。
僕の腕を放さないまま、微かに開けたその瞳に熱を浮かせて。
殆ど焦点があっていない彼の視線は、それでも一心に僕を捕らえたまま。
微かに動いた唇に、傍に寄り、尋ね返した。

「何ですか、僕にして欲しいことでもありますか。」

自分の声を聞いた悟浄の瞳が一層潤み、眉根が寄せられた。
それでも、彼は手を離すことなく、再度掠れた声で答える。

「・・・傍に・・いて。八戒。
 何も・・・いらない・・から。傍に・・・いて。」

たどたどしく綴られたその真摯な言葉に、今までの不甲斐ない自分を恥じた。
何も言えなくなった僕は、暫く涙を堪えることで精一杯だった。


ただ、言葉の代わりに彼の手を強く握り返した。







いつも純真な貴方は、僕を真っ白にしてくれる。
時にその心に、自分の姿が映るのを恐れてしまいそうになる程に。

それでも、自分には欠けたピースがあって。
それが貴方だから仕方が無い。


僕は、諦めと喜びと太太しさを持って受け入れる。
そう、貴方が居なければならないのは、他でもない僕の方だと。



暫くして、寝息を立て出した彼の額に、僕は優しく口付けを落とした。
それは、誓いの印に。






昨夜の激しい雨が嘘のように晴れ、朝がやってきて。
天気だけでなく、悟浄も嘘のように回復して。
少しばかり酒の抜けきらぬままではあるが、いつもの様に可愛げが無い風を装う愛おしさ。

昨夜の自分の言葉も記憶にないようで。
含み笑いの自分に詰め寄っては、何が有ったのかと詮索している。



余りの追求に、少しばかり話をすると彼は真っ向から否定した。

「貴方が、熱に浮かされて乙女ってたんです。
僕が好きだ、離さないで。傍に居て、お願い八戒、って具合に。」

多少自分好みに脚色したが、内容的に嘘は言っていないつもりだ。

しかし、彼は全く信じてくれない。
昨夜の彼は、とても素直だったというのに。

少し残念では有るが、それはそれで構わないと、今の自分は感じていた。
昨夜の行動も何もかも、笑って許してくれる貴方だから。
そんな貴方を愛しているから。



不器用な愛情表現も、不得手な告白も。
彼の本心も自分の誓いも全ては、暫く僕の心の底に。



今は、それだけで幸せだと思える。















いかがだったでしょうか。
八戒が悩める子羊のように慌てふためく(?)お話でした(笑)
いや、そんなに慌てふためいてないし。。
というか、内容は急展開というか一人完結というか。
因みに、タイトルは雨乙女と書いてあまおとめと読みます。


テーマは、不安だったハッチは、八つ当たりしないように無口になったんだけど
熱に浮かされたゴジョの発言でラブ満開になりました。
的な感じでどうでしょう。
(いや、聞かれても。。。ってか、日本語わかんないし/笑)

兎に角、楽しんで頂ける内容になっていれば幸せです。
今回は短めでお届けしたので、次回は長いものをお届けできますように。

それでは。

 2008・02・11